『水たまりのむこう側』
(平成7年度現代詩人アンソロジー賞「銀河書房主催」
佳作受賞作品)
『銀河詩手帳』(銀河書房刊)収録
『世界で一番のたからものがたり』(フェリシモ出版刊)収録
道路の上の凍った水溜りの上に、
あのおばちゃんの顔が映りました。
小さい僕を育ててくれた、あのおばちゃんの顔です。
街灯にボタン雪が宝石のようにキラキラと照らされています。
おばちゃんはその街灯の下、
いつも小さい僕を保育所まで迎えに来てくれました。
どんなに寒い雪の日も、
小さい僕はおばちゃんに手をひかれ、おばちゃんの家まで帰っていました。
お父さんが迎えに来るまで、
こたつに入りテレビを見ながらコーヒーを飲む時間が、
いつも僕の楽しみなのでした。
小さい僕はコーヒーを飲むことで、
少し大人になった気分になるのでした。
けれどもおばちゃんはそんな僕におかまいなしに、
いつも台所で僕の好きな
ライスカレーを作ってくれるのでした。
ライスカレーを食べてまたテレビを見ていると、
お父さんが迎えに来ます。
僕はおばちゃんにさよならして家を出ます。
小さい僕は今度はお父さんに手をひかれ、
雪の夜道を家に帰るのでした。
街灯にはまだボタン雪がちらついています。
僕の家の明りが見えてきました。
足もとを見ると、
凍った水たまりの上には
真っ白な雪がおおいかぶさっています。
小さな僕はいつしか大きな僕になり、
小さな子供の手をひいて
家路をたどっているのでした。
街灯にはボタン雪がキラキラと照らされています。
『追いかけっこ』
かつのりくんは、ひろともくんのおとうとです。
ぼくとひろともくんがあそぶときには、いつもいっしょについてきます。
ひろともくんがいなくても、かつのりくんとだけあそぶときもあります。
ぼくはひろともくんとあそぶとき、かつのりくんがいないほうがほんとうはいいんです。
ときどきおもちゃをとったりしてじゃまをするからです。
ときどきぼくはわざといぢわるをして、かつのりくんをおいて、ひろともくんとにげることがありました。
かつのりくんはとちゅうまでついてきますが、おいつかないとわかると、あきらめてなきだしてしまいます。
そんなかつのりくんがぜんぜんぼくたちとあそばないようになりました。
びょうきになったのだそうです。
ぼくはあそべないかつのりくんがかわいそうなので、あそびにいってあげました。
だけどかつのりくんはねつがあってあそべないんだと、かつのりくんのおかあさんにいわれました。
すぐそばでひろともくんがつまらなそうにたっていました。
かつのりくんとはしばらくあえませんでした。
ひさしぶりにかつのりくんとあったとき、かつのりくんははなにかこまれておおきなきのはこにはいっていました。
ぼくもかつのりくんのはいったはこのなかにはなをいれてあげました。
しろいしろいはなです。
そばでひろともくんがなみだをぼろぼろこぼしてないていました。
ぼくがあんまりいじめるから、こんどはかつのりくんがぼくをおいてにげていったのです。
おいつかないとわかって、こんどはぼくがなきだしてしまいました。
『遠足』
あの曲がり角を曲がったら、何があるのか分かってる
あの曲がり角を曲がったら、どうなるのかも分かってる
けれど曲がれぬ曲がり角
風は曲がれと押すけれど、夕陽は早くと急かすけど
曲がるに曲がれぬ曲がり角
あそこを曲がれば、終わりが見える
旅の終わりの曲がり角
楽しい旅の終着点
あそこを曲がれば世界は変わる
それが見える曲がり角
友達はみんな曲がったかなぁ
「ただいまぁ」
「お帰りなさい」
母さんはにっこり笑ってた
空気の澄んだ秋空に
星もにっこり笑ってた
『通りすぎて行く風景』
電車の窓を一軒々家が通りすぎて行く
その一軒々の中に人々が住み、日々の生活を営んでいる
ふと通りすぎて行く風景、訪れる事のない風景
その中に私の知らない人達がいて、その人達にもいろいろな人間関係があり、
人付き合いをしていると思うと、何とも不思議な気がする
その人達は何を考え、どんな未来像を持っているんだろう
お金は欲しいんだろうか
欲はあるんだろうか
楽しみは何だろう……
おそらく、いや間違いなく、私はこの先そんな事はわからないだろう
けれど、そこに確かに人々は住み、生活を営んでいる……
『階段の手すり』(福岡、中州にて)
古い公会堂の手すり付きの階段。私はそっとそこに手を触れながら、降りて行きました。その手の感触の中に、懐かしい記憶のぬくもりを感じたのでした。
小学校の木造の手すり付きの階段。僕達は掃除の時、そこはいつも丁寧に々みがきあげていました。その手すりに跨って、下まで滑り降りて行くのが、僕達の遊びの一つだったからです。雑巾がけをして、ピカピカにみがきあげ滑りを良くする。手すりに木のケバがあろうものなら一大事です。僕達はケバを見つけてはそれを取り除き、途中で引っかからず、最後まで滑り降りて行けるように、手すりだけはいつもピカピカに、念入りに、みがいていました。
そんなある日、すすむ君が手すりから落っこちて頭を七針も縫うという事件がありました。僕達は先生にこっぴどく叱られました。
それからでした。いつもピカピカだったあの手すりが、どんどん々みすぼらしくなっていったのは……。
僕は、今でもあの手すりは僕達と遊びつづけたかったのだと思っています。そうでなけりゃ、階段の飾りにすぎないただの手すりですから・・・・・・。
公会堂の玄関で立ち止まり、階段を振り向き見上げると、そのよくみがかれた手すりが、何やら僕に訴えかけているような、そんな気がしたのでした。
『茶色のランドセル』
校舎の屋根の雪が落ちて
そこが山になってくると
僕達の楽しみが始まります。
僕達は雨の日には
ランドセルに黄色いビニールカバーを被せて登校していました。
それが冬のこの時期になると
多いに役に立つ事になるのです。
黄色いカバーをしたランドセルに跨った僕達は
それをソリ代わりにして
出来上がった小さな雪山の上を滑り降りて遊ぶのです。
それがこの時期の僕達の放課後の
大きな楽しみなのでした。
たいていのランドセルはそういった別の用途を覚え込まされていました。
けれどアキラ君のランドセルは
それを知りませんでした。
アキラ君のランドセルは茶色くて
普通男の子は黒
女の子は赤なのに
そのどちらでもなく
オカマ々とバカにされていたので
とうとうハイカラなアキラ君のお父さんの意に反して
そのランドセルはある日から黒に変わってしまったのです。
小学校1年の冬を迎える前にもう一つの用途を覚える間もなく
どこかへ行ってしまったあのランドセル。
僕は冬の登校中の小学生を見るたびに
その行方が気になるのでした。
『月の記憶』
少女の心は渇いておりました。
そこで私は水になりました。
すると私は少女の目から零れ落ちました。
今度は私は少女の濡れた頬を乾かす為に、太陽になりました。
しかし私の光は強すぎて、少女の身体を通り抜けてしまいました。
私は辺りを暗くして、今度は月になりました。
丸い々満月です。
私の光は少女に程よい光を与えました。
少女はようやく笑顔を見せてくれました。
私はそれを見るだけで幸福でした。
しばらくすると、私の身体は欠け始めました。
少女は悲しそうな顔をしました。
私は、懸命に失われつつある私の身体を取り戻そうとしました。
けれど私の意志とは反対に、私の身体は失われて行くのでした。
やがて私の身体は完全に消えてなくなり、暗闇だけが少女の周りを取り囲みました。
悲しそうな少女の顔、その最後の顔だけが私の中に残りました。
けれどやがてその顔も消えてなくなり、私は無となりました。
私は、眩しいくらい木漏れ陽の差す、ポプラの並木路を歩いていました。
傍らに、白壁の老人ホームが見えます。
私はその横をゆっくりと歩いて行きました。
ふとそのホームの一室に目をやると、老人達が楽しそうに話しをはずませていました。
その集団の横に、ポツリと一人何やら手にとってそれを眺めては微笑んでいる、一人の老女がおりました。
よく見ると、彼女は檸檬を手に取りそれに話しかけているのでした。
「お月さん、お月さん。」
彼女は檸檬にむかってそう話すのでした。
私は何だか窓の向こうに見える名も知らぬ初対面の老女に、何だか言い知れぬやりきれない、切ない気持ちを覚えるのでした。
私は、ホームの寮母さんにお願いし、中へ入れてもらいました。
廊下をつきぬけ、その一室に入って行くと、彼女はゆっくり顔を上げ、私を見てにっこり笑いこう言うのでした。
「お月さん、お月さん、まん丸お月さん。」
何故だかたまらなくなり、私の頬を言い知れぬ涙が伝わって行きました。
「僕はあの時のまん丸お月さんだからね、月に一度満月となって君に逢いに来るよ。」
ふとこんな言葉が私の口から零れ出るのでした。
その日以来、私の足は月に一度何故だか彼女のもとへと運ばれるのでした。
そして彼女に会うたびに、やりのこした何かがあるような、不思議な気持ちになるのでした。
『記憶の中の遠近法』
とても小さな街でした。
だけどとてもいい街でした。
夕暮れ時には、街がオレンジ色に染まり、
行き交う人の声が活気に満ちて、街が呼吸し、生きているようでした。
公園では子供達がかけまわり、若いカップルが肩を並べている。
花火の上がる日には、街の高台にある鉄筋のアパートの屋上にどこからともなく人が集まってきました。
大人達は口を真っ白にし、おいしそうに麦酒を飲み、
子供達はスイカにかじりつく。
仕事よりもそうした日々の潤いの時を大事にする街でした。
そんな街があったのです。
人間の創造は物質的豊かさを求める。
どんどん々向上して行く。
あらゆる物の質が向上し、何もかも便利になった。
けど僕は、もう今のままでいいと思っている。
他の人はどう思っているか知らないけれど、
新しい物ができなければ経済的には潤わないだろうけれど、
僕は、記憶に残るあの時代のままで、ほんとはよかったと思っている。
『マナー』
この世の中にはね、いろいろな寿命を持った生物が寄せ集まっているんだ。
長生きをするものもいれば、すぐ死んでしまうものもいる。
僕達人間はね、比較的長生きする。
だからいろいろな死に出会う。
その死ひとつひとつが、とても大きな意味を持っているんだ。
大きなもの、小さなものにかかわらずね。
死はね、一切を無にしてしまうんだ。
無っていうのはね0であって、プラスにもマイナスにもならないんだ。
それに対して生きている間ってのはね、
プラスにもマイナスにもなるんだ。
世の中にはね、プラスの世界で生きているものもあれば、マイナスの世界で生きているものもいる。
どちらがいいとは僕は言えないよ。
そこにはね、価値観という難しいものがあるからね。
大事なのはね、死に至るまでは生きているんだ。
その死に至るまでのものをよく見て、自分でいろいろ考える事さ。
それがこれから僕達がいろいろ出会うであろう、死に対する接し方さ。
『潮の記憶』
遠い昔が切なくて、潮の匂いを求めてきたのです
潮の匂いは昔の記憶
遠い々病の記憶
喘息持ちの僕を連れて、お父さんお母さんはここへ来ました……
今の僕の記憶にあるのは、僕が飛ばした、風に舞う「凧」の絵だけ
だけどお父さんお母さんはしっかりと覚えているはず
潮が撫でる僕の喉を……
潮の匂いは切ない記憶
遠い昔の両親の記憶
『スケッチ』
「スケッチに行こうよ。」
彼女は言うのでした。
僕は夜勤明けの眠い目をこすりながら
得意のサンドイッチを作るのでした。
今にも壊れそうな愛車に
イーゼルとキャンバスとその他画材道具を載っけて
僕らは風景探しのドライブに出かけました。
いい風景が見つかり
彼女は早速スケッチにとりかかるのでした。
僕はその横で
自分で作ったサンドイッチをほおばるのでした。
眠さと空腹で僕には芸術的意欲など湧くはずもなく
ひたすらにサンドイッチをほおばるのでした。
どれくらい経ったでしょうか
僕が眠りから醒めると
彼女は下絵を終わらせ
サンドイッチをほおばっていました。
とてもいい絵でした。
山の麓まで続く段々畑
遠近法を利用した立体感あふれる力強い下絵でした……。
その下絵を持ち
同じ場所で同じように眠い目をこすりながら
僕はその風景の前に立っていました。
ですが今度は何だか意欲が湧いていて
僕はひたすら絵を書き続けていました。
けれど僕の書いた絵は
何度書いても彼女の真似事に終わってしまうのでした……。
思い出とは
それが深ければ深いほど
楽しくもあり残酷なものなのです……。
『セピア色ビール』
冬、寒い冬に、僕は恋をした。
冷えた缶ビール一本を、飲み干すまでの恋をした。
ほろ苦い、白い泡のつぶてには、切ない恋が詰まってる。
『場違いな郷愁』
見境なく日常に噛み付いた。
繰り返し訪れる、得体の知れない何かに噛み付いた。
俺は狼か?流浪の山人となった狼か?
いや、そうならいい。
それなら俺の存在が明かされる。
けったいなのは、俺が俺であるのかどうかさへ、わからなくなりつつあることだ。
見境なく何物にも噛み付き続けた挙句に、一体俺が何なのか、
俺は何に噛み付き続けているのか、それがわからなくなってきた。
繰り返し、歓迎するでもなく訪れる同じような時空間の中に、
俺は一体何を見つければいいというのだ。
記憶よ、元気か!
俺の思い出せる限りの記憶よ。
お前は一体何処へ向かおうというのだ。
もう思い出す事の出来ない、忘却の彼方へ向かおうというのか。
それとも未来を指し示し、俺をいざなうとでもいうのか。
応えてくれ、狂おしいまでの郷愁よ。
俺を育んできた、視覚に刻まれた俺の全てよ。
わけもなく溢れるこの涙は一体何なんだ。
眼球を切り裂き、視覚の奥から溢れ出た、記憶の濁流の氾濫か?
誰か思考を殺してくれ。
俺の思考を殺してくれ。
俺は肉体のみで生きて行く。
視床下部と海馬はもういらない。
孤独の中に、孤独がまたぽっかりと口をあけた。
『夜の遊園地』
夜の遊園地は別世界
昼間動いていた乗り物が
別の生き物のように動き出す
夜の遊園地は乗り物達のファッションショー
昼間の疲れた顔とは別の顔
華やかに着飾った乗り物達が
活き活きと動き出す
だけど乗り物達はかわいそう
どんなに華やかに着飾ってみても
決まった場所をただ正確に
正確に動くだけ
ハメをはずす事などできないのです
そんな事をしたら
たちまち修理工場送りです
乗り物達は
ただただ自分たちの世界でしか
誇張する事ができないのです
この世の中で一番美しく
そして一番かわいそうな乗り物達が集まった場所
それが夜の遊園地なのです
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